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ギブソン社の歴史

ギブソン社(Gibson Guitar Corporation)はアコースティック・ギター及びエレクトリックギターの製造会社であり、業界において世界で最も著名な一社である。

その創業は、職人であったオーヴィル・ヘンリー・ギブソン(Orville Henry Gibson 1856年-1918年)が1894年ミシガン州カラマズーでマンドリン製作を始めたことに遡る。

1902年には、販売会社として、the Gibson Mandolin-Guitar Mfg. Co, Ltd. (ギブソン社)が設立される。オービルは、自らの意思で経営を筆頭株主だったジョンW.アダムスらに任せ、1908年以降、ブランド名と彼が取得した特許の使用料として年俸$500をうけとるのみで、あたかもコンサルタントとして工場に出向いて製作上のアドバイスをすることはあったが、会社経営にはまったく関わることはなかった。1907年から1911年にかけ、入退院を繰り返し、1916年カラマズーを離れ再び入院し、1918年逝去した。

1920年代から1930年代にかけ、ギブソン社は、数々のギターのデザイン革新に貢献し、特にモデルL5により、アーチトップ・ギターのトップ企業となった。

1936年には、一般的には世界初コマーシャル・ベースのエレクトリックギターであるモデルES-150を発売した。

1952年、ギブソン社はギタリストのレス・ポールとの共同でソリッドギターを設計、レスポールモデルとしてフェンダー社のストラトキャスターとともに、エレクトリックギターのスタンダードとなる。その後、1950年代末においてエクスプローラー、フライングVといった突飛なデザインのものでモダニステックギターと呼ばれた。世には出なかったがモダーンやフューチュラといったモデルが図面や極少数プロトタイプで存在する。セミアコースティックES-335、 当時、在籍していたセス・ラヴァーの開発によりハムバッキングピックアップの導入といった数多くの革新的なギターを世に送ることとなる。レス・ポールは1960年に製造中止となり、翌年SGとなったが、レス・ポール本人はSGを気に入らず、ギブソンとの契約は一時途切れた。しかし皮肉なことにSGは好調なセールスを記録する。

その後、エリック・クラプトンやピーター・グリーンなど、有名ミュージシャンがこぞって使った事が要因となり、中古市場の高騰と言う強い支持の下、人気に後押しされるようにレスポール氏との再契約の上、1968年後半に再発売となったが、残念な事にオリジナルスペックでの再発はさらに数年を必要とする事になる。現在も生産され続けるレスポールとSGはともに、ハードロックギタリストに非常に人気がある。

1974年から1984年にかけ、ギブソンギターの製造の中心はカラマズーからテネシー州ナッシュビルへと移行した。ナッシュビルに移る事が年齢や様々要因で出来なかった職人達が中心となってカラマズー工場はその後も操業を続け、ヘリテージギターズを設立し、現在も創業を続けている。時にヘリテージは「もう一つの、または古き良きギブソン」と呼ばれる事もある。1986年ギブソン社は、ヘンリー・ジャスコヴィッツ、デイヴ・ベリーマン等に買収され、新たな体制の下、会社の再編が行われて行く事になる。

1980年代後半から1990年代にはオービル(Orville)という創業者の名に因んだ日本におけるギブソン社公認のブランドが存在し、日本における他社の安価なコピーモデルを牽制する理由からレスポールやSG等をギブソン社の製品より手頃な価格で日本の楽器製造業者数社で製造を行っていた。その後オービルブランドの生産は終了しエピフォン(Epiphone)ブランドに引き継がれた。

その他子会社にKramer、Steinberger、Valley Arts及びベースギター専門のTobias, ピアノのBaldwin、エフェクター及びMIDI 機器製造のOberheim、ドラム製造 Slingerland がある。また、ギブソン社はギブソンブランドのギターアンプも製造している。その他関係する会社として、ナッシュビルへ移動する前の従業員により設立されたthe Heritage Guitars companyがある。 その他、メンフィス (テネシー州)においてカスタム・ギターの製造・販売を行っている。

また、日本で唯一レスポールのシグネチャーモデルが作られてるギタリストはB'zの松本孝弘である


出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

         

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